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2017年5月の記事

2017年5月22日 (月)

旅の終わり

旅の終わり

3日間があっという間に過ぎました。
殆どの場所は再訪ですが、
変わらず残っていてホッとしたり、
もう跡形もなく呆然と原野になっているのを眺めたり、
また通りすぎたりと、そんな事の繰り返しでした。
今回夕張で知り合った人にも会うように心がけました。
元気そうな人、会えなかった人、様々ですが、
話はやはり変わってしまった夕張の話題でした。


このブログが、かつて炭鉱町があった事を
少しでも伝えて、記録に残ればと思っています。

忘れ去られてしまうだけでは、悲しいと思うのです。


変わらず天高くそびえる夕張岳が、印象に残った旅でもありました。



朝日駅

朝日駅
朝日駅
朝日駅

万字線朝日駅。
ここはいつ行ってきれいに整備されている。

京都とここにしか居ない貴重なB20も保存。

美流渡炭鉱

美流渡炭鉱
美流渡炭鉱
美流渡炭鉱

万字線沿線の美流渡にも立ち寄る。
炭鉱施設はほぼ無くなっているが、
炭住が残されている。

ここでも過疎高齢化と崩壊が進んでいた。

万字炭山

万字炭山
万字炭山
万字炭山

大夕張をあとにして、峠を越えて万字に向かう。

初めて万字を訪れたのは25年前。
既に閉山、廃線になってかなり経っていたが、
今は町の存続が危ぶまれるくらい過疎化が進んだ。

・万字線、万字炭山駅のホーム跡。
・炭山駅の先に残るホッパー
・万字駅跡。今は簡易郵便局。
    ホームに下る階段も残る。

大夕張 8

大夕張 8
大夕張 8
大夕張 8

三連ボギーとか、ストーブの客車とか、
鉱山バスとか見所多数。
バスは動体保存だ。

木の椅子に座ってしばらくぼーっと過ごしていた。

大夕張 7

大夕張 7
大夕張 7
大夕張 7

南大夕張の保存車両に立ち寄る。
保存会の方々が修理をしていたので、
声を掛けて見学させてもらう。

大夕張 6

大夕張 6
大夕張 6

ズリ山の裾野まで行ってみた。
選炭で跳ねられた石炭やズリが沢山落ちている。

これらは一番新しくても44年前に
地下千メートルくらいから
掘り出されたものと思うと感慨深い。

大夕張 5

大夕張 5
大夕張 5

大夕張のズリ山も残っていたので、
坑口まで行ってみた。

坑口からは鉱毒水が流れ硫黄臭。
大夕張は三菱系だから、スリーダイヤの紋章。

大夕張 4

大夕張 4
大夕張 4

橋を歩いたら底が抜けて助からないでしょう。
森林鉄道のナローレールも使われていた。

大夕張 3

大夕張 3
大夕張 3
大夕張 3

何も残ってないので、夕張川上流の
軍用トラスを見にゆく。

これは道路からもチラッと見えるので、
まだあることがわかった。

川沿いは雪解けで増水してるので、
非常に危険。
仕方ないので、廃道となって久しいルートを藪こぎ。

熊よけの鈴を付けて、熊笹を漕いでゆく。

あったあった!
とりあえず安心。

軍用トラスの詳細はこちら。

大夕張 2

大夕張 2
大夕張 2
大夕張 2

旧鹿島小学校だけは、水没を免れていた。

今は広い校庭が広がるのみ。
記念碑も道路沿いの見晴らし駐車場に
集められてしまった。

残されたのは、校門の残骸と
子供たちの歓声をずっと聞いてきた
イタヤカエデの木のみ。
ただただ切ない。

最後の鹿島小学校

大夕張 1

大夕張 1
大夕張 1
大夕張 1

今日はいよいよ大夕張。
私が夕張に興味を持ったのは、
ダムに沈む町、大夕張があったから。

まだ僅かに町があった頃を知っているので、
無になる過程を見てきたので、
思いはとても大きいのです。

町を飲み込んだシューパロダムが出来てから、
一度も訪れてなかった。
高速道路のような道が付け替えられ、
元の町の位置がさっぱりわからない。

唯一橋の名前が旧町名なので、
ぼんやりわかるくらい。

本当になにもなくなった。
夕張岳だけが昔と変わらず、孤高にそびえている。

2017年5月21日 (日)

梅ケ枝通り 2

梅ケ枝通り 3
梅ケ枝通り 3

黄色いハンカチで健さんが、チンピラを殺めてしまった路地。
ここもずいぶん前から廃墟。
気を取り直して、以前入った寿司屋にゆく。
数えきれない程あった飲み屋は、
今はバー、スナック2軒、居酒屋1軒とこのお寿司屋さんのみ。
のんきやと同じく、大将にお話を聞かせてもらう。
初めて寿司元を訪れたのは1999年だから、もう18年前。
大将も80歳を超えたそうだ。
夕張の今昔の話は尽きず、夜(世)が更けてゆく…。

梅ケ枝通り

梅ケ枝通り
梅ケ枝通り

かつて24時間栄えていた繁華街。
炭鉱夫は3交代だから、昼も夜も人でごった返していた。
「夕張、食うばり、坂ばかり、ドカンとくれば死ぬばかり」
命を掛けた仕事は、飲み屋で酒をかっくらい、
刹那的なカネの使い方をしたのだろう。
大店の廃墟。
今夜の宿であるホテルシューパロが左に見える。
以前泊まった旅館も廃墟に。
主のおじいちゃんは、札幌で暮らしてるそう。
よかった!

模擬坑道

模擬坑道
模擬坑道
模擬坑道

廃墟遊園地で唯一営業してるのが、模擬坑道。
石炭博物館は現在閉鎖中。


久しぶりに入坑してみた。
坑道保護で最近修理をした様子。
以前に比べ切羽の採掘の
機械実演がなくなって簡素化されていた。

これから博物館もリニューアルされる。
夕張の誇りとして、ここだけは残すようだ。

廃デゴイチ? 3

廃デゴイチ? 3
廃デゴイチ? 3
廃デゴイチ? 3

楽しい?廃墟遊園地。
本当に色々なモノを作っては
壊しの夕張。

最後に残ったのは、借金と廃墟のみ。

こんな山奥に遊園地を作って
黒字になると思ったのだろうか。
小学生でもわかりそうなものだが、
そのあたり名物市長の錬金術?は
北海道新聞のウェブサイトに
特集記事があるので、読むと興味深い。

廃デゴイチ? 2

廃デゴイチ? 2
廃デゴイチ? 2
廃デゴイチ? 2

中はその気になれば不法侵入だか入れそう。
だが、ガラスがギロチンのように落ちてくる可能性があるので、
その気になれない。
No.4の後ろ姿のみ確認出来た。

廃デゴイチ? 1

廃デゴイチ? 1
廃デゴイチ? 1
廃デゴイチ? 1

バリバリ夕張の廃遊園地。
SL館に行ってみた。
巨大なデゴイチはFRPのような
発泡で出来ていて、本物の3倍くらいの大きさ?
廃墟になって、デカモノ特有の異様なオーラを発している。

のんきや

のんきや
のんきや

またクルマで夕張に向かう。
お昼は本町ののんきや。
おばあちゃんの時から、塩ラーメンを食べている。
これで今も600円。安くてとても美味い!
おばちゃんと夕張の今について話す。
前回もそうだったけど、「夕張は何も残ってないのよ」が口癖になっているようだ。

夕張線 4

夕張線 4
夕張線 4
夕張線 4

千歳まで直通している。
サボも今となっては貴重品。

夕張駅で折り返し待ち。
ここ本当は夕張駅ではない。
閉山してから随分手前で線路を
切られてしまった。

夕張線 3

夕張線 3
夕張線 3
夕張線 3

難所のトンネル。

再掲だか清水沢駅から
石炭満載で下ってゆく241号機。
追分で一番調子のよい釜だった。
保存機になる予定だったが
機関庫の火災で燃えてしまう。

あと何年キハ40のボックス席に
座る事ができるのかなあ。

夕張線 2

夕張線 2
夕張線 2
夕張線 2

日高線のキハ40が充当されていた。
清水沢を過ぎて難所の勾配を
キハ40はゆっくりとあえぎながら登ってゆく。
キハでこれだから、デゴイチの長編成のセキはさぞ難儀しただろう。
夕張線の機関士は、釜炊きが下手クソな奴だと、
前の晩から不安で眠れなかったという。
空転して登れない時は、かなり後退してから引き出し直しをした。
夕張から帰りのキハは、今度は軽やかに下っていった。
しかし、石炭満載のデゴイチは、オーバーランの危険があり、
行きも帰りも神業的なテクニックが必要だった。
「登るも地獄、下るも地獄」といわれた夕張線。
ここで修行を積んだ機関士は、
全国何処へ行っても難所をこなし、一流の腕前だったという。

夕張線 1

夕張線 1
夕張線 1

廃止になる前に乗っておこうと、
紅葉山(新夕張)から、夕張往復。
実はあれだけ夕張訪問をしてるのに恥ずかしながら初乗車。
夕張線だけピストンだと、有効時間帯は昼の1本のみ。

清水沢 2

清水沢 2
清水沢 2

今昔。
今の夕張がどれだけ寂れたかわかる。
大黒屋旅館は今も営業している。

2017年5月20日 (土)

清水沢 1

清水沢 1
清水沢 1

清水沢駅のギャラリーから。
駅舎内の賑わいと清水沢駅から出発したD51-241
昭和50年12月24日、国鉄最後の蒸気列車が終了したのも夕張線である。

夕張炭住

夕張炭住
夕張炭住

夕張の炭鉱住宅も廃墟だらけ。
この地区も住人ゼロだ。

鹿の谷

鹿の谷
鹿の谷

夕張鉄道の機関庫もなくなった。
長い跨線橋がヤードの広さだけを伝えている。

小僧

小僧

小便小僧くん久しぶり!
また、しばらくしたら会いにゆくから、
それまで待っててね。

2017年5月19日 (金)

馬追温泉

馬追温泉
馬追温泉
馬追温泉

今日の宿。
ここも10年ぶり。
夕張探索の常宿にしてました。
何も変わらない昭和のままの宿です。

営業してくれてたことに感謝!
女将さんは私の事、
覚えてくれてました。
重ねて嬉しく感謝です!
ずっとこのまま続けて欲しいな。

今の時代、新しいモノが正義で
古いものは廃れると、まあまっとうな
理屈かも知れないけど、
こういう宿はとても癒されます。

嫌な言い方だけど、昭和って、
商品になると思うんです。
ここには昭和レトロなテーマパーク等、
なんかが束になっても敵わない
本物の昭和があります。

雨煙別小学校

雨煙別小学校
雨煙別小学校

宿に向かう途中に立ち寄る。
ここは過去何度も立ち寄っていて
廃校になりそのまま解体かなと
思ったら、綺麗にリニューアルされて
利用されている様子。

一つの希望。

三笠鉄道記念館

三笠鉄道記念館
三笠鉄道記念館

今日はもう時間切れ。
お昼もパンで済ませ、滞在時間を
少しでも増やしたが、
どうしてもつまみ食い的な訪問に
なってしまう。

三笠鉄道記念館はパスする事にした。
車庫に入っているキューロク等以外は
だいぶ傷みが進行している。

幌内炭鉱 9

幌内炭鉱 9
幌内炭鉱 9

幌内炭鉱の範囲は広く、
もう今日は時間切れだ。

選炭場跡とシックナー。

幌内炭鉱 8

幌内炭鉱 8

外でファンが回るとあんな音がするとか?

まさかね。

元来た現代にもどります。

幌内炭鉱 7

幌内炭鉱 7
幌内炭鉱 7
幌内炭鉱 7

仕方ないので山の上から回り込み、
藪をこいで崖を下ると、電動機室へ着いた。

500hpの電動機。
要は巨大な扇風機で迷路のような
風洞へ風を送った。
スケールが圧倒的すぎて、
巨大機械特有のオーラを発している。

それと機室の下から、
風洞からの風なのか、
ネズミの鳴き声のような音が
ひっきりなしに聞こえ非常に不気味。
最後まで生物なのか、
自然音なのかわからず退散する。
一体あれはなんなんでしょう。





幌内炭鉱 6

幌内炭鉱 6
幌内炭鉱 6

と、思ったが入りたくなるのが性w

廃墟によくある天国への梯子(^-^)を
登ると真っ暗闇の先に何かある。

この為に買ったLEDライトをクルマに
忘れてきた!アホである。
まあ、行くな!ということだろう。

幌内炭鉱 5

幌内炭鉱 5
幌内炭鉱 5
幌内炭鉱 5

立て坑は壊されてない。
付近は風洞が張り巡らされて
異様な雰囲気。

ガス抜きパイプもあるので、
中に入るのはやめておいた。

幌内炭鉱 4

幌内炭鉱 4
幌内炭鉱 4
幌内炭鉱 4

大正時代の巻上機室。
廃墟色が素晴らしい。
よくぞ残っていたという感じ。

幌内炭鉱 3

幌内炭鉱 3
幌内炭鉱 3

とある幌内炭鉱の一つ。
山中にあり途中道を間違える。

歩いていたら鹿さんに出会う。
熊も出没するそうなので、
鈴を付けてゆく。

これは繰込所跡。

三井形炭住 4

三井形炭住 4
三井形炭住 4

比較的新しい炭住も住人はまばら。
多くは廃墟です。

三井形炭住 3

三井形炭住 3
三井形炭住 3

廃公園には汽車と人車(もしくはセキ?)のモニュメントが。

もちろん、子供は居ません。
残されたお年寄りの町。

三井形炭住 2

三井形炭住 2
三井形炭住 2

住人は去り、朽ちるのを待っている。

三井形炭住 1

三井形炭住 1

赤い三角屋根が牧歌的な三井形の炭住。
まだなんとか残っていたが、
住人は僅か数世帯。

幌内炭鉱 2

幌内炭鉱 2
幌内炭鉱 2

何故かコロナの廃車体。

幌内炭鉱

幌内炭鉱
幌内炭鉱
幌内炭鉱

珍しい合掌型の立て坑。
何故か錨と蒸気の動輪が転がっていた。

幾春別炭鉱 3

幾春別炭鉱 3
幾春別炭鉱 3

錦坑口と石炭の露頭。

幾春別炭鉱 2

幾春別炭鉱 2
幾春別炭鉱 2

巻き上げ室。

幾春別炭鉱 1

幾春別炭鉱 1

錦立て坑。
レプリカだが、北炭のマークが誇らしげについていた。

奔別炭鉱 5

奔別炭鉱 5

よく残ってくれました。
ありがとう。
次の炭鉱に向かいます。

奔別炭鉱 4

奔別炭鉱 4
奔別炭鉱 4

立て坑ゲージ。
廃墟美に圧倒される。
これは夢かしら?

奔別炭鉱 3

奔別炭鉱 3
奔別炭鉱 3
奔別炭鉱 3

巨大なホッパー。
3線あり端は1067ではなく、
ナローだった。

奔別炭鉱 2

奔別炭鉱 2
奔別炭鉱 2

奔別炭鉱 1

奔別炭鉱 1

まずは奔別炭鉱。
ター坊は日本一の立て坑と思ってる。
圧倒的な廃墟美。

羽田空港

羽田空港

スカイマークで新千歳空港へ。
ヒコーキ乗るのも久しぶり。

北海道へ

北海道へ

北海道の空知地方旧産炭地を訪ねる旅に出ました。10年ぶりの再訪です。

今の夕張や三笠はどうなってるのか、この目で見てきます。

まずは京急で羽空へ。

2017年5月14日 (日)

テスト

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